先日、所属している女性ブロガーサロン「女子風呂」の運営者さとちゃんが、自身のブログの中で私のブログを紹介してくれた。

「ブログ作成のおすすめのやり方は?記事の発信力が与える影響とは?」 
「さとちゃんの湘南茅ヶ崎ぐらし」の新しいプロジェクト紹介記事。

詳しくはさとちゃんの記事を読んで欲しいのだが、彼女は記事内で「なぜブログを書くのか?どんな人にブログを書いて欲しいのか?」ということについて述べている。自分の経験をブログという形で発信することで、「誰かの役に立てる」「誰かの心に寄り添える」「誰かの心を動かせる」のでは?ということ。さとちゃん記事を読んでいて、背筋の伸びる思いがした。今日はそんな話を書こうと思う。




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ブログを書く理由

今までに何度か「このブログを始めた理由」を書いたので、それについてはここでは書かない。始めた時、書くテーマを増やした時、いろんな人たちの情報発信に触れた時、その「書く理由」はいろいろ変遷してきたとも思う。 これから何を書くかも模索中だし、それはずっと続いていくことだと思う。

いろんなブロガーさんが「なぜブログを書くのか」について書いている。

【ブログを書く理由の一例】
  • ただの日記
  • 宣伝•広報活動、集客
  • お金を稼ぐ(アフィリエイト等)
  • 同好の士との交流、体験の共有
  • ノウハウの発信
  • 社会に向けての啓発活動




LGBT当事者としての思い

LGBT記事を書き始めたときも、正直さとちゃんが言うような「誰かに届け」という切実な気持ちがあったわけではない。ひたすら「自分の中にある言いたいこと」を吐き出したいという動機だった。しかし記事を書く際に調べ物をしたり、いろんな本を読む中で、私の記事が「LGBT関連の問題で悩む人」「LGBTへの理解が足りない人」に届いたらいいなという思いが生まれてきた。

その思いが強くなったのも、サロンでの交流からな気がする。コメント欄を設置してないので、お客さんの感想に触れる機会がほぼない。それがサロンで更新報告することで、読み手が私の記事からどんなことを思うのかを知ることができるようになった。そこから「私たち当事者とそれ以外の人のLGBTへの認識の違い」を知る。 

世の中の人たちは私の思うより、LGBTについてまだまだ知らないらしい。そういう人がいることを知っていても、「隣人としてのLGBT」を感じている人が少ないということ。それなら私がどうにか「生身のLGBT当事者の実態」を伝えられないか?と思った。 



経験を晒す

さとちゃんはブログを書く動機の中に、自分の成功体験と痛い経験の両方を晒して「同じような思いをする人に手を差し伸べたい」という側面があると述べている。さとちゃんのブログには、「そんなことまで書くの?」と言いたくなるような体験がたくさん書かれている。そのぶっちゃけ具合、書くことへの真剣さが読み手を惹き付け、結果としてさとちゃんのサロン等のコミュニティ運営にも繋がっている。

同じように体験を晒す人々の1人として、今回私のブログを紹介してくれた。私の他にも2人のサロンのメンバーが紹介されている。私はそれを見て「さとちゃんや他のメンバー達と並べてもらえる記事が書けてるのか?」と思った。

私はレズビアンではあるが、そのことで悩んだことはほぼない。そしてレズビアンのことを書くのに、痛みは伴っていない。さとちゃんや他のメンバーの気持ちは想像するしかないが、書かれている経験を読むと、そこには私にはない「何かを乗り越えたから見えた景色」があるような気がした。



体験を書くだけではない

私は「平凡でフツーな人間であるレズビアン」として考えることを書いている。それが「LGBT関連の問題で悩む人」に届いて、「当事者でもごく普通に幸せに生きられる」と思ってもらえれば良い。「LGBTへの理解が足りない人」なら、「レズビアンは宇宙人じゃない」と思ってもらえるかも知れない。

しかしさとちゃん達と比べると何か足りない。それはただ体験を記すことだけに留まらない「自分の弱さ、苦悩を晒しているかどうか」ではないのか? 悩んでないのに苦悩は書けない。でも本当に何の屈託もなく生きてきたのか?そもそもレズビアンであることは私の一部でしかなく、それと関係ない部分でも人並みに悩みもあったのではないのか? 

私は悩み事があっても人に相談しない性質だ。自分の中である程度乗り越えられないと、言葉にして誰かに話すことができない。それが私の弱さだと思っている。人に相談して頼る人の方が、1人黙って耐える人よりも弱いと思われることもあるが、私は反対だと思う。弱さを自覚し人に晒すこと、それができる方が人として強い。同じことがブログでも言えるのではないのか?



弱さを晒す

私が僭越ながらも「同じような立場の人に寄り添う」「考え方の違う人に影響を与える」ことを考えるなら、私の体験と一緒にもっと感情を記す必要があるのかも知れない。つまり「自分の弱さを晒すこと」。

もしかしたらブログなら、私の最も近しい人である相方にも話せないことも書けるかも知れない。内面にあるものを明文化することで、自分自身として何かを乗り越えられる気もする。「書くことは癒しだ」とイケハヤ先生も言っていたが、辛い体験を乗り越えるために「追体験する」という心理学的な考え方もある。




四の五の言わずに書け!

最近「書くことそのものについての記事」が続いている。はっきり言ってこれがお客さんの減少を招いていることは分かっている。「そんな御託はいいから、四の五の言わずに書け!」と思っている方もおられることだろう。…おっしゃる通りです(←誰にも言われてないけど)。

 というわけで、今後はなるべく「自分の弱さ」「感情」と向き合いながら記事を書く所存。そうすることでさとちゃんから託された(と勝手に思っている)「女子ブロガーとしてなすべきこと」を実践していきたと思っている。




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