以前、職場のYちゃんが「面白い作家がいる」と教えてくれたのが坂口恭平氏だった。図書館で坂口氏の本を探したら「徘徊タクシー」という小説があった。  

この作品は、老人の徘徊について新しい視点で捉えてみたという話である。周囲の人にとっては困った問題である徘徊行為、しかし本人には筋の通った理由があるのでは?と考えてみる。そうすると、それまで見えなかった世界が見えてくるのだった。



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「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」
 

今回読んだのは「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」という本である。こちらは小説ではなく、フィールドワークをまとめる形式で書かれている。フィールドワークの観察対象は「路上生活者の生活」。彼らの生活をつぶさに観察することで、「何も持たない人間でも生きていく方法がある」と坂口氏は言う。

路上生活者と言えば、社会では落伍者と見られがちだ。しかし彼らの生活は、家を持つ人々にはない自由と創意工夫に溢れている。衣食住のすべてを、基本的には「ゼロ円」で賄う彼ら。独創的な方法で稼ぎ、住まう。この本にはその具体的なノウハウが記されている。

路上生活者の生活には、この本で書かれていない過酷さもあるのではと想像する。しかし坂口氏の視線になって読み進むと、「彼らの生活の方が、本来の人間の在り方なのでは?」と思えてくる。くだらない世間体を捨て彼らと同じようにすれば、お金を理由に死んだりしなくて済むだろうし。



ただ生きてるだけがハードな世の中 

この本の中で「土地を所有するという概念」について書かれている。遊牧民族や先住民族の中には、「土地の私的所有」という概念そのものを持たない人たちがいる。元々誰のものでもなかったはずのものに権利が発生して、持つものと持たざるものが生まれた。

坂口氏が言うように、「ただ生きるのに必要な土地さえ、財産のないものは持つものができない」という事態は、ちょっと異常なことに思える。ただ寝るだけのスペースさえ、自分の権利がない場所で確保しようとすると警察のお世話になることになる。働かず、お金を持っていない人は、生きていてはいけないのが今の世の中だ。ちょっと体を壊して職を失えば、すぐに「生きていてはいけない人」になってしまう。この世に生を受けるというのは、とてもしんどくて恐ろしいことだ。



もっと素朴にならないものか

路上生活者は皆が「世捨て人」って訳ではないらしい。同じ境遇の仲間同士で助け合ったりするし、社会と繋がっている部分もあるようだ。互いに必要があって繋がっているシンプルな人間関係を見ていると、体を壊したり命を捨てたりするようなストレスの発生する人間関係なんて、さっさと捨ててしまえばいいと思う。

とにかく今の社会は、システムが大きすぎ、複雑すぎて、自分ではコントロールできないことばかりだ。人間がより良く暮らすために作られたシステムのはずだが、誰もコントロールできなくなった結果、人間を苦しめるものになってしまった。それは政治もそうだし、経済というもの、社会のモラルもそうかも知れない。

路上生活者の生活は、ある程度社会のシステムから自由な部分がある。ライフラインを自前で用意するとか、雇用に関係なく生きる糧を得るとか。なんというか、身の丈をよく知り、それを得るのに必要なことだけに集中して生きてる感じがする。その素朴さ、シンプルさで、私たちも良いのではないかと思ってしまう。



自分でできることは自分で

路上生活者の生活に学ぶべきことは多いけど、路上で生活したいという訳ではない。とりあえず「なるべく自分でできることは自分でやろう」という感じかな。幸い相方は「ハントメイド」が好きなので、彼女に頑張ってもらって、できる範囲で自分で作るものを増やしていけたらなというところ。

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↑徳島の山の中で買ってきたゆずと唐辛子で「柚子胡椒」作ってくれるみたい。
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↑そのために、帰りに西村JOYでこんなのもの買ってきた。




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