「働きアリの法則」ってご存知?働きアリのうち、よく働くアリは2割、普通に働く(時々サボる)アリが6割、常にサボってるアリが2割の「2:6:2」に分かれるというヤツ。3タイプのどこかのアリを増減させても、この均衡は常に一定に保たれるという。

これと同じことが、人間社会の組織にも当てはめられたりする。職場での私は……間違いなく「常にサボっている2割」に入るな。でもサボっているアリにもちゃんと存在意義があるらしいので、落ち込むことなく生きていくわ〜。



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モチベーションという観点の欠如
 
人に物を教える、上に立って人を動かす人が注力すべきことのひとつは、「相手のモチベーションをいかに引き出し、保つか」である。どんなに能力がある人でも、やる気がなければ使い物にならない。「仕事なんだから」なんて錦の御旗を振りかざされても、人は動かないものである。

先日のデザイン会で、我が職場のデザインの先生であるY氏から「難しい仕事に臨む時の手順」について講義があった。 Y氏は専門教育と長年の経験から得たことをいろいろ教えてくれるのだが、どうしても「できない人に教えてあげてる感」が漂ってきて、サボりアリとしてはどうも気持ちが萎えてしまう。

「何ができないのか分からない」というY氏、それが分かってりゃ困ってないよと思うサボりアリ。難しい仕事を振られた時「できない〜」と口にしてしまう人は、できるできないの以前に「やりたくない」のだ。できる人、自信のある人、心の強い人は、その辺の心の機微が分からない。



批評される上で嫌なこと

ではなぜ「やりたくない」のか。大変な仕事が面倒という気持ちもゼロではないだろうけど、それ以上に「やったはいいけど上手くいかなくて、それをY氏他にけちょんけちょんに言われるのが嫌」という気持ちがまぁまぁある。そう、人は誰だって褒めて伸ばしてほしい、貶されるのは大人になっても嫌なもの。

力をつけるためには、批評してもらってそれを糧にするのも大切なことだ。「仕事なんだから」多少の嫌なことも乗り越えるのが「普通」。そういうもんかもしれないけどね〜。さらに批評の中に「馬鹿にしてる感」「期待されてない感」が含まれれると、これはなかなか応えますね〜。

理性的に批評しているようでも、そこにはどうしても個人的好みや偏りが出てしまう。相手によって明らかに物の言い方が変わるようでは、指導者としてはちょっとね〜。だいたい、指導を受ける側が伸びないのは、一重に指導者の力量不足なんだからね!

Y氏は「できないと思う人はやらない方がいい」と言ってたけど、それは違うんじゃないかな?もし指導する気があるなら、サボりアリであっても「できない」と思わないようにすることが必要なのでは?



建設的に行こう

モチベーションを高めるためには、我が職場に関して言えば「成功体験を重ねる」のが効果ありそう。難しそうな仕事でも、できる人がサポートに入るなどして挑戦してもらい、「自分でもできた!」経験をしてもらう。

努力が実を結ぶ経験を重ねることで、自信もついてモチベーションも上がる。モチベーションがあがれば、試行錯誤を惜しまないようになるし、そうする中でひとりで答えを導き出せるようになっていく。

物の見方やスキル的なことを教えることも大切だけど、そのもっと手前にある問題に気づかないと、サボりアリは本気を出すようにはならない。「仕事なんだから」などという前時代的根性論ではなく、建設的に指導していただけると幸いです。

な〜んて、Y氏他の先生方に直接言えばいいんだろうけど、そこはほら、心の強くないサボりアリなので。というわけで、以上サボりアリの上から目線な愚痴でした。




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