最近「男尊女子」だの「マウンティング男性」だのについて、ぱっと見男性性控えめ男性O氏とちょぼちょぼやりとりしている。彼はかなり戦略的に生きているので、もともと男性性が表立ってないのか、ポリシーとしてそうしてるのかは謎。

戦略でもなんでもいいから、「理由なく偉そうにしない」ことは大事である。たまに「お局おばさん」的に辛辣なことも言うけど、そこもスパイシーな味わいと思えば良い友人である。




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男性同士の順位意識

女性って同性同士であまり順位を気にしないけど、男性同士は違うらしい。職場でそれなりの地位にある人は、それ以外の場にもその意識を持ち込むという話を聞く。たまにそういう男性も見るけど、露骨にマウンテイングされることって稀。それは私は女性だからかも?

同じ人でも対男性と対女性とでは、どうも意識が違うようだ。そういう男性にとって、女性は「そもそも下々のもの」だから、ことさら順位を意識させる必要はないのか?対男性だと「俺の方が強いんだぞ、どうだ!」と、順位を明確にする使命感にかられるのか?



女性同士の順位意識

友人O氏が「女性ばかりの集団の場合、順位づけってどうなるの?」的なことを聞いてきた。男女混合の集団の場合、女性側が戦略的に男性を責任者に押し上げる(押し付ける)ことがままある。女性ばかりの場合はどうなの?ということ。

女性ばかりの職場にいたことが多い私だが、「私が、私が!」とリーダーを買って出るような女性ってそれほど多くない。得もないのにわざわざしんどい立場を進んで引き受けるなんて、女性的生存戦略にはなさそうだ。

女性は「誰かひとりが強力なリーダーシップを発揮する」よりも、「みんな同じ立場で意識を共有してことを進めたい」人が多い気がする。それが効率を下げる場合もあるけど、衝突を回避するやり方でもある。



我が職場では

今の職場の同僚たち(ほぼ女性)は「それなりの責任感」と「わざわざ出しゃばる必要ない思考」と「誰か一人に負担が偏らないように(思いやり&自衛)」の絶妙のバランスで仕事を回している。リーダーを決める一番の要因は「社歴の長さ=もっとも経験がある」ということ。

今リーダー的なことをしてくれてるZ氏にしたって、仕事は超できるができればそんなことやりたくなさそう。本当はのん気にしてたいけど誰かがやらないといけないことだから、どうせやるならちゃんとしないと効率下がるだけだし、みたいな。



社会と自分
 
 結局女性って、社会の中での自分の評価をあまり気にしてないんじゃないのかな?歴史的に「女性というだけで評価が下がる」世の中を生きてきた女性は、「社会での評価なんてその程度の意味のないこと」と思っているのかもしれない。

PTA活動で苦しむ同僚の件でも、同僚の夫君は「自分が掛けあおうか?」と言ってくれたらしいが、「そんな波風たてて子供に影響があっても困る」と返したとか。夫君の「筋を通そうぜ」という社会的正義を貫くスタンスと、同僚の「そんなことより、子供を守らねば」という自分と家族にフォーカスした感じに、なんとなく「男女の違い」が現れてる気もした。

いろいろ考えてると、「いちいち社会での立ち位置とか気にしちゃう男性って大変だな〜」という感想が残る。そんなの自分の幸せにどれだけ寄与するのか、女性たる私には甚だ疑問なのだった。




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