昨夜の夕飯は、相方が作ってくれたすじ煮込みでぶっかけご飯。朝の時点では冷凍牛丼の素を食べる予定で解凍してたのに、なぜかキッチンにはすじ煮込みが入った寸胴が鎮座。美味しかったからなんでもいいけど。

夕飯を食べながら、見逃し配信で「獣になれない私たち」を見る。このドラマ、視聴率は低迷してるみたいだけど、私は結構楽しんで見ている。もうね、新垣結衣氏が可愛いだけでもう許せる。



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恋愛はいらないや

「けもなれ」第9話で、晶(新垣氏)と朱里(黒木華氏)の女二人で話していたことが心に残った。同じ男(京谷:田中圭氏)の元カノ同士のふたり、現在は共にシングル、京谷と別れたばかりの晶は「恋愛はいらないや」という。

朱里の「じゃあ、ずっとひとりで生きて行くの?」という言葉に、晶は「(飲み友達、職場の同僚、元彼のお母さんや元カノ)そういうひとつひとつを大事にしていけば、生きていけるのではないか」という。

 

ゆるやかな人間関係の中で生きる
 
この何気ない台詞、今の時代を生きる多くの人に共感されそうだな〜と思う。恋人とか家族とか、親しさの加減が濃い人との関係にこだわるのではなく、ゆるやかなほどほどの濃度での付き合いの中で生きること。

家族や生まれた場所での地縁にとらわれず、自分で選んだ場所、人間関係の中で生きることは、そう珍しい生き方ではなくなっている。血縁や婚姻にとらわれない関係性、移住、新しいコミュニティや働き方。晶の台詞が脚本上そういうことを意味してなかったとしても、私には独立した個人として赤の他人とつながる今の時代が映っているように思えた。



相方がいない人生だったとしても

今相方という恋人を失ったとしたら、私は虚しい毎日を送るのだろうか?家に帰ってもずっとひとりでいること、週末に出かける相手がいないこと、何かあった時に報告する相手がいないこと。ちょっと寂しいかなとは思うけど、じきに慣れるんだろうな。

寂しさに慣れたら、友人や同僚や、まだ出会ってない誰かとの関係を楽しみつつ、自分ひとりで過ごす楽しさも覚えて、それなりに楽しく生きていける気がする。人はどうしようもなくひとりであり、だからこそ誰かと繋がることができる。


ごくごく近しい人との関係に悩むことも多いけど、「今ここを捨てても、どうにでもなるよ」と思えば少し気持ちが楽になる。私は逃げ出せないかごの鳥ではない、今ここにいることを自分で選択してるのだけ。恋人がいてもいなくても、それが私の人生。



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