久しぶりに寝る間も惜しんで読書した。目が疲れるし頭痛もするし……やはり無理はいけない。

ブルボンの封印
藤本 ひとみ
新潮社
1992-12


宝塚でも上演された作品なので、相方がかなり前に読了したとか。昨夜読み終わった私は、開口一番「酷くない、これって酷くない?」と相方に訴えたのだった。ストーリー的にはハッピーエンドな作品なのに、この読後感は何なのだろう。そして宝塚版ではどう改変されたのか知りたい……。




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ルイの扱いが酷すぎる

ここから少々ネタバレを含むので注意!

この作品は、「ルイ14世は双子だった」に始まるブルボン王朝をめぐる陰謀と、この双子に愛されちゃう主人公マリエールの恋の物語。今玉座に座っているルイは実は王弟で、正当な王位継承者である兄ジェームズは王家から離れた場所で出自を隠され育てられた。

最終的にジェームズがルイと入れ替わって玉座に座り、一時期はルイの愛妾だったマリエールも、もともとの恋人だったジェームズの元に還る。ルイは盛られた毒により記憶混濁状態に陥り、国王としての役目を果たすことができなくなる。

中盤での重要人物であり、キャラクターもかなり「愛すべき人」として描かれていたルイは、最後の数ページでいきなり「使えなくなった過去の人」になってしまう……ルイ、かわいそうすぎる。



脇役キャラの軽さ

フィクション作品には良くある「重要人物以外は簡単に排除される」問題、パニック系映画とかサスペンスものとか、その安易さはもう清々しさすら覚える。「その扱いの落差、酷くない?」と良く思う。そしてこの世がフィクション世界だとすれば、私は確実に「簡単に消される名もなき人」だろうな……こわっ。

フィクションだと「脇役にいちいち構ってたら話が進まん!」のだろうが、こういう思考回路って危険だな〜と感じる。現実社会でも「全体の利益のために小さな犠牲には目を瞑る」みたいなことってあるじゃん?

「小さな犠牲に目を瞑る」が行き着く先は、「目的のためなら手段を選ばない」「暴力をも辞さない」世界。組織や国の維持のためには、個人が踏みつけられる世界。そして現実社会は結構そういう世界かも。



脇役にも愛を

この作品でルイが過去の人になるのは仕方なかったとしても、もう少し愛のある終わり方にして欲しかった。王でなくなったルイを省みるのが、側近のミシェルだけとか悲しすぎる。忘れ去られようとしているルイの姿は、「いつかそうなるかもしれない自分」に思えてしまう。

フィクションに見出してしまう「世界の歪み」、人の無意識の中に刷り込まれてそうで怖いな〜と改めて思ったのだった。




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