春は入社とか入学とかクラス替えとか、とにかく世界が広がりがちな季節。新しい出会いに期待と不安が入り混じり、ストレスフルな季節とも言える。

知らない世界に1人飛び込む時、最も気になるのは「人間関係、上手くいくかな?」である。日本人の8割くらい(適当)の人は、「私って人見知りだから」と思ってるはず。かくいう私も自称人見知り人間。では人見知り人間は、出会いの季節をどう乗り切ればよいのだろうか?



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とりあえず単独行動

大人になるまでの私は、「自分から無理に友達を作らない」タイプだった気がする。新しい環境に身を置いてすぐは、人見知りが過ぎて「ひとりでも平気だもん」とやせ我慢して過ごす。挨拶程度はするけど、無理に誰かと行動を共にしたりしない。それでも気がつけば、自然と友達ができていた。

この行動パターンが裏目に出た?のは、大学入学時の授業選択だった。教養科目を中心にとる学部1年生時は、同じ学科の人と同じ授業を取ることで「助け合い&コミュニケーションをとる」といったセオリーがある(らしかった)。それを知らない私は、自分ひとりで授業を決めたものだから、1年生前期は「ほぼ単独行動」する羽目に。それでも別に困らなかったけどな。



似たもの同士は勝手に集まる

ひとつの集団でも、いつの間にか似たもの同士の集まったいくつかのグループができる。誰だって新しい環境で不安だから、ひとりぼっちの人がいたら、既にグループになった人間が声をかけるもの。そうやってグループの輪は少しずつ広がっていく。

ああいう時の人間の嗅覚って不思議だ。特に基準があるわけじゃないはずなのに、自然と「価値観や関心の方向が似ている」「人間関係の築き方が似ている」人同士が集まる。結局コミュニケーションスキルとは、言語コミュニケーションの前にある非言語コミュニケーションから始まってるのだな。



人間関係は流動的なもの

成人して20年も経てば分かるけど、人間関係はとても流動的なものだ。小学校時代の親友と連絡を取ることもないし、中学時代の部活の仲間とは卒業してから会ったことはない。高校時代の友達はかろうじて続いてる人もいるけど、大学時代の知人友人は今ではほぼSNS上のみという感じ。職場の同僚も然り。

「目の前にある人間関係は一過性のもの」と思えば、相手に過度な期待を持つこともないし、こちらも適度な親しさと親切心で振る舞えるものだ。もし関係が悪くなっても、「どうせいつか終わる関係」なら気に病むこともない。



挨拶と親切心

とはいえ「今現在の生活に不可欠な人間関係」はちゃんと確保し、できれば穏便に過ごしたい。新しく知り合うにも関係性を続けるにも、無理に親しくする必要はない。大事なのは「感じの良い知人」であり続けること。

それには結局、「挨拶」と「適度な親切心」かなと思う。挨拶とは「中身はないけど短い会話をした既成事実を積み重ねる」もの。そして「情けは人の為ならず」で、周囲を見渡す目を持ち、ほどほどに他人に協力する姿勢を見せることが、感じのよさと「お互い様精神」を育む。

うーん、結局昔の人が言ったことに集約されるのな。

人見知りの皆さん、改めていうけど「無理して友達作らなくてOKよ!」。挨拶だけしとけば、後はどうにでもなるからね〜。




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