昨日、職場にお昼ご飯を持参するのを忘れた。昼休みにコンビニに走ればいいんだけど、微妙に距離があって(しかも我が社の昼休みは40分)ちょっと面倒。お菓子でも転がってないかと、久々休憩室に顔を出す。

「あれ〜○○さん(私のこと)が休憩室に来るなんて珍しいね」と言われ、言われるたびに「お昼を忘れたのだ」と説明する。「カップ麺ならあるよ」「春雨スープとかは?」と、非常食を備えている同僚たちが親切な声をかけてくれる。ああ、ありがたや。




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3度目で受け入れる

同僚たちの常備食をいただくのも忍びなくて、休憩室にあったあまり美味しくないクッキーと、冷蔵庫に転がっていたマンゴーアイスを食べる。あとは糖度の高いジュースでも買って飲めばいいやと思っていたら、隣に座ったZ氏が「パンがいっぱいあるから食べる?」と、これまた親切な声。

「いや、大丈夫!」と断るも、「本当にいっぱいあって食べ切れないから」と勧めてくれる。結局3度目くらいの申し出を「ではありがたく」と受け入れるのだが、内心「どうせもらうなら、初めから爽やかにもらっとけよ」と思う。うーん、こういうのって難しい。



恵んでもらう……?

Z氏にもらった手作りサンドイッチを食べてたら、また後から休憩室にきた同僚に「(ここいるの)珍しいね」と言われる。「お昼を忘れてここにきたら、Z氏がサンドイッチを……」と言いかけて、しばし選ぶ言葉を迷う。「……恵んでもらった」と言いながら、「この言葉って、良くない表現なんだっけ?」と思い巡らす。

「恵んでもらう」「恵んでやる」……やや上下関係を感じる言葉ではあるな。ちょっと気になって意味を調べてみる。
【恵む】
① 困っている人をあわれんで金品を与える。施す。 「少々の金を-・む」
② 神仏・君主などが人々をいつくしむ。思いやる。 「国つ御神は旅行きもし知らぬ君を-・みたまはな/万葉集 3930」
「三省堂 大辞林」より 
私が使用したのは当然①の意味で、「あわれんで」の部分がややひっかかるような。しかし同僚たちは真実「あわれんで(かわいそうに思って)」くれたわけで、そこに私を下に見る気持ちはないはずだが。あぁ、私自身の中に卑屈さがあるだけか。



雑談、雑談

普段私が休憩室でお昼を過ごさないのは、「大人数での雑談が苦手」だから。久しぶりに同僚たちと雑談するも、話題は以前と変わらず「テレビネタ」「芸能界ゴシップネタ」とか。話題が途切れたらスマホを見る。

以前はそんな「あんまり内容のない会話」が我慢ならなかったけど、今は「雑談の内容なんてどうでもいいんだよね」と思える。会話していること自体に意味があるんだな〜って。話題の隙間にスマホを見るのはちょっと寂しいけど、無理に話題を途切れさせないようにするのも変だしね。

あら、ちょっと私大人になった?心境の変化?最近家で相方と話す時間も限られてるから、人寂しい気持ちだった?




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