連休明け初日の昨日、かなり前に連絡があったから忘れてたけど、お昼は経営者家族K氏(社長の奥様)主催の女子会だった。時々修羅場的忙しさが発生すると、労いのためとK氏自身の楽しみ(プライベートで誰かと外食することがない)のために、女性社員だけを呼んで食事会を開くのだ(男性軍も忙しかったのは同じなのに……)。

私は特に話したいことも乗りたい話題もなかったので、適当に相槌を打ちつつ黙々と食べる。野菜をふんだんに使ったランチで、「普段の野菜不足を少しは解消できるか?」とか思う。



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好き嫌いあれこれ 

食事の席なので、食べ物の好き嫌いの話になる。私は子供みたいに野菜(瓜類、葉物など)が嫌い。同僚に3人も肉が食べられない人がいる(みんなで食事をするときは、肉以外のメニューがある店を選ぶ)。昨日のランチに「あずき寒天」が出てだけど、「あずきが嫌い」「寒天とかゼリーが嫌い」って人もいた。好き嫌いって本当に人それぞれね。

相方と私でもかなり好みが分かれる。先日相方に「ご飯作るのはいいんだけど、時々つまらなそうな顔をされるのが悲しい」と言われる。相方は「滋味溢れる系野菜中心おかず」が好きなんだけど、私はお子様舌なので、華やかな味が好きなんだよね……。ごめん、つまらなそうな顔しても美味しくいただくから。



子供時代の「好き嫌い矯正」

今はアレルギーのある子供が増えてるみたいだから事情が違うのだろうけど、私の小学生の頃は「給食は残したらダメ」ルールがかなり強かった。給食の後掃除の時間なんだけど、食べ終わってない人は掃除のほこり舞うなかで食べ続けるという苦行を強いられていた。

家では「各自小皿にサーブされた分を食べきる」ルールで、やや少なめに守られた野菜も食べないといけなかった。中学生になると小皿サーブシステムがなくなり、大皿から好きな分だけ取る方式になった。母は「好き嫌い矯正は小学生まで」という考え方だったらしい。



無理やり矯正しなくていいと思う

小学生の頃、学校や家で矯正を施された好き嫌い、そのおかげで食べられるようになったものはひとつもない。嫌いなものも涙目で吞み下していただけで、美味しいと思える瞬間なんて訪れなかった。逆に給食に似た味付けのものは、今でも吐き気がするものもある。

その後嫌いだったいくつかの野菜を「美味しい」と思って食べられるようになったが、きっかけはいろいろ。気がつけばというのもあるし、「高校の調理実習で自分で料理したものを食べたら美味しかった」というのもある。



大人は自由

無理やり食べさせられたからって、好きになることはない。たまたま食べられるようになったものもあるけど、今でも嫌いなまま(出されたら食べるけど)のものある。それで特に困ってない。大人になると、好き嫌いが許されるんだもの。

「健康のためにはバランスの良い食事」は大事だけど、嫌いなものを避けたって、同じ栄養素を含む食品で補えばいいんだし、どうにでもなる。そもそもバランスの良い食事が、どれだけ健康に寄与してるのか、個人差もあるしわかんないよね。それよりは、美味しいと思って食べることの方が大事な気がする。

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↑内容と関係ないけど、先日相方の実家からいただいたお手製ちらし寿司(エビといくらが美味しい!)と、種類不明(聞いたけど忘れた)の白身魚の刺身。喜んでいっぱい食べたら、食べ過ぎで翌日口内炎ができる……。




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