久しぶりに相方と酷い喧嘩、今回は私が一瞬だけの家出。着の身着のまま(上下とも柄々しい寝巻)、何も持たずに歩く。そんな格好で目的もなく歩くのは、人の気配のある住宅地といえども、夜だと結構怖いことを知る。

何度喧嘩しても原因はいつも同じ、でもお互いやめられない。世の中のあらゆる諍いも、原因はいつも同じ単純なことで、だからこそなくならないのだろうなと想像する。 

 

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一夜漬け思考

先日、小商い関係の手続きが「期日ギリギリセーフ」なことがあった。今回のことは、相方の準備不足と言うよりは、先方がなかなか対応してくれなかったせいなのだが。それでも「自分ならどうにか相手が動いてくれるように考えるのに」と思ってしまう。

相方は傾向として、何事も期日直前にならないと手をつけない。最近はいろんなことに慣れて、以前よりは前もって準備するようになったけど。せっかちな私からすると「なぜそのように悠長にしていられるのか?」と謎めく気持ち。



どっちが幸せ?

私だって「宿題を抱えたまま、なかなか手をつけない」経験なんて山ほどある。手をつけて終わらせるまでの時間、ずっと「あれやらないとな〜」と思う憂鬱をしっかり味わってきた。だからこそ最近は、何事もなるべく早く処理するように心掛けている。

ただ早めに準備するのも、場合によっては考えものかしらと思わなくもない。時間があるからこそ、杞憂かもしれない細かな心配をしたり、思い通りにならないことにイライラしたり。直前に動き始めると余裕がないから、細かいことには目をつぶれたりする(それが良いかどうかは置いといて)。

これってどっちが幸せなんだろうか?



お金の心配
 
先日職場に金融機関の人が来て、ライフプランの提案をしていった。「私たちはロクに年金もらえないので、今のうちから自分でお金準備しようね」という話。しかしこれって、今現在カツカツで生きてる人には、やりたくてもできない話じゃんね?

災害が起こるたびに「お金なんていくらあっても、突然すべてが失われることもあるよな」と思う。年金は減額され、インフレは進み、医療費は上がり、寿命は伸びる。老後に2000万円用意しろと言うけど、それができる人がどれだけいることか。

先のことを考えず、宵越しの金は持たない思考で生きようとは思わないけど、老後のために今現在の楽しみを諦めるのもな〜と思う。いつ死ぬかわからないのなら、お金よりやりたいことを取りたいよな〜。「老後のために今は我慢してお金を貯める」のか、「いつ死ぬかわからないなら、今を存分に楽しむ」のか、どっちが幸せなのかしら?


……とりあえず、死ぬまで稼げる手段を持つためにも、小商い頑張ろう。



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