相方に頼んでグラタンを作ってもらう。私はホワイトソースが好きなのだが、相方は小麦粉が食べられないため、米粉と豆乳で作ってくれた。バターも使ってないので脂っぽさも控えめ、胃の弱い私にも優しいグラタン。
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それなのに、一緒にいただいた酒のせいで結局胃痛。私の慢性胃炎も、そろそろ通院が必要だろうか?



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神話を求める

観劇しても本を読んでも、感想をうまくまとめることができない。詳細すぎるかざっくりしすぎかのどっちかになってしまうし、「ピントずれたこと言ってないか?」って自意識過剰になる。……誰も私の感想文なんて読んでないっつーの(くらいでいたい)。

同じ時期に複数の作品から、似たようなメッセージを受け取ることがある。すると「世の物語というのは、突き詰めれば同じようなことを伝えているのか」と思ってしまう。普遍的なものにはそういう性質もあるだろうけど、要はその時私の視点が照らすものがそこってだけの話なんだろう。

そのようなフォーカスの偏りから最近受け取ったのが、「誰しも自分のための神話(物語)を求める」ということ。神話から与えられるものは教訓、許し、癒しなど人それぞれなんだろうけど、フィクションにはそういう側面があるのか。フィクションの役割について、今しばらく考えよう。



暇は良くない

予定外の仕事はあんまりやりたくないけど、それで余った時間が埋まるならそれも悪くない。暇は良くないね。暇だとモチベーションが上がりにくくなるし、いらないことばかり考えて無意味に落ち込んだりしてしまう。忙しすぎるのは嫌だけど、ほどほどにやるべきことがあるのは幸いである。

生きる以外の活動(文化と呼ばれるようなもの)は、暇とエネルギーをいらないことに使わないための知恵なんだな。だからエネルギーを暖機運転(ダラダラする)だけで消費できちゃう人は、無理に趣味とか持たなくてもいいんだよね。

最近ブログ以外に何かやってもいいなと思いつつ、やりたいことが思いつかないのだけど、そういうことなのかしらね。いやー、ブログ書くだけも相当暇を潰せてるしね。


というわけで、本日は本当に独り言なブログ。



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