久しぶりに三浦展氏の著作を読む。この方の著作、マーケットやカルチャーにおける時代の変化をわかりやすくまとめてて面白いのだけど、どこか鼻につくのは何故なのか?(いちいち自分の好みをひけらかすとことか?)それでも読んじゃうけどな。



氏が「第四の消費」と呼んだような消費行動は、今ではそこらじゅうで見られるようになった。この著作で書かれてるような本気の実践家、仕掛け人みたいな人も、香川辺りでも見受けられるように。ただまだまだ「第三の消費世代」たる私なんかは、そういう流れに憧れはありつつも、なんとなく乗り切れないのである。



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思いつき根無草人生

このブログを始めた4年ほど前、私はシンプルライフやら断捨離やらにハマっていた。三浦展氏の著作を初めて読んだのもその頃で、私はそういう新しい物の見方に触れるのが楽しくて仕方なかった。

断捨離は大いに実践したけど、他の「新しい生き方」みたいなものは特に何も実践してない。憧れつつもやらないというのは、何かしっくりきてないのか、単にモノグサだからなのか。

もともと世間の主流と言われるような生き方とは無縁の人生、世間の価値観に振り回される余地があまりない。今までも自分の思いつきで生きてきたので、新しい生き方を知ったところで、思いつき根無草人生は変わらない。


シンプルライフも第四の消費も

シンプルライフも第四の消費も、「今までの当たり前を疑う」というのが楽しいのだなと気づく。 何も考えずにいたことを、改めて自分の脳みそを使って問い直す行為は、頭の体操をしているようで気持ち良い。部屋の模様替えにも似た「整え直すことの楽しさ」がある。

なんだかんだ言って、考えることは楽しい。義務や強制でするそれは苦痛を伴うけど、自発的に、自分の方法で考えるのは、スポーツと同じである。だから人は暇つぶしにゲームをしたり、誰が読むのかわからないブログを書いたりするのだ。

健康のために「定期的な運動を」と言われるけど、精神衛生のために「定期的な自由思考を」というのも推奨すべきかも。体も心もエネルギーを燃やし切らないと、不健康になってしまうのだから。


常識を問い直し続ける
 
考えるのが頭のスポーツなら、私はずっと「問い直し続ける」というゲームをやろうと思う。お金もかからないし、心の健康にも寄与しそうだし、人生も良い方向に変わるかもしれない。

問い続けるのは、それまで当たり前だと思ってたこと全て。もちろん世間のそれというのあるけど、一番は自分自身の常識、癖を一つずつ考えてみたい。

家事のやり方、時間管理の仕方、身繕いの方法、服の選び方、相方への接し方、考えたら面白そうなことはいろいろ、いろいろある。そうやって少しずついろんなことを変えていき、その結果を楽しもう。「変えられる」ということ自体が、自己肯定感を高めてくれそうな気もする。

どうやら、死ぬまでやり続けられるゲームを見つけたようだ。




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